■血染めの花を制作する際没になったシナリオを小説にしたものです。
本来はアナザーエンドは存在せずこういうようなエンディングを考えていました。
「楓……今まで、ありがとう、な……」
そう最後に告げると、俺は首筋に当てがっていたナイフを、自分の喉元に、思い切り突き立て、引き抜いた―――。
俺の首から、真っ赤な血が噴き出す。
楓も桜も、目を見開いてこちらを見ている。
―――ああ、しくじった…。
そんなことを思いながら俺は温室の床に倒れた。
―――痛い、苦しい…!
もう身体を動かすことは出来ないのに、身体の感覚は嫌というほどに鮮明に感じる。
あああ、一思いに死ぬはずだったのに、どうしてこう俺は不器用なんだろう。
早く、早く意識を手放したい。
苦しい、苦しい、苦しい、どうか早く死なせてくれ―――!
ふと、誰かの温もりを感じた。
楓が、泣き叫びながら俺の身体を抱き締めている。
―――ずっと、一緒にいたのに…、楓がこんな風に泣きじゃくる姿を見るのは初めてかもしれない……。
そんなことを思いながら、俺はいよいよ意識を手放した……。
―――目を、開ける。
…見知らぬ天井が目に入る。
―――どこなんだ、ここは。
そう思い身を捩った時、ようやく違和感に気付いた。
手が動かせない。
手首を動かすとジャラジャラと音が鳴り、固く冷たい感触がある。
どうやら鎖か何かで後ろ手で縛られているようだ。
横を向き、上半身を起こす。
―――俺は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
部屋の端には蜘蛛の巣が張っていて部屋全体が少し埃っぽい。
唯一自分が寝かされていたシーツだけは綺麗なものだった。
俺は自分の服を見る。
いつも通りの制服姿。
しかしその服には大量の血がこびりついていた。
血痕は襟の方から滴り落ちているような形状だ。
そうだ、何で俺は生きてるんだ―――?俺は確か、自分の首を切って自殺したはず……。
首は痛くもないし呼吸も普通に出来る。
どうして、と思った瞬間、首の違和感に気付く。
―――俺の首には、首輪が嵌められているようだ…。
首輪から一本垂れ下がっている鎖はベッドの鉄格子へと繋がっていた。
どうして…何でこんな……
グルグルと思考を巡らせていると後ろの扉が開き、誰かが入ってきた。
「―――ああ、柊。目が覚めたんだね、おはよう。」
「…か…え、で…?」
部屋に入ってきたのは、楓だった。
いつも通り、何も変わらない笑顔を浮かべ俺のいるベッドへと腰を下ろす楓。
どうして―――だって楓は、毒に侵されて……合宿の最後の日の夜、死ぬはずだったのに…?
「楓…、俺は…どうして生きてるんだ…!?…楓も…どうして…ッ!?」
「それはね、あの毒のおかげなんだよ、柊。」
「は…?」
「毒に侵された者を救う方法が1つだけあったんだよ…それは、一度死ぬことなんだ。」
「…!?」
「柊が首を切った後、僕は桜に背中を何度もナイフで刺されて殺されたんだ…そして数時間後に僕は目覚めた。
…きっとあの毒には人間を蘇生させる効力があったんだろうね。
ただそれは一回だけみたいで、僕の身体の中からもう毒は消えちゃったみたいなんだ。」
ほら、と楓は自分の指先を俺に見せる。
そこには小さな傷痕があった。
毒に侵された者は怪我をしてもすぐに傷口が塞がり傷痕は残らない…だから、楓の言っていることは本当なのだろう。
「僕は君を抱き締めたまま何度も刺されたから沢山吐血したんだよ。
その時に柊の傷口から僕の血液が入ったんだろうね。だから君もこうやって生き返れたんだ。」
―――そう、だったのか…。
じゃあ、他の皆は…?
毒にそんな効力があるなら、誰か生きているんじゃ……
そうだ、杏…!
それに西崎も……二人とも、毒に感染した状態で殺されたんだ…!
なら、蘇生している可能性が…!
「楓!杏と西崎は…!?二人とも、生きてるんじゃ―――!」
パシン!
渇いた音が鳴り響き、左頬に痛みが走った。
一瞬、俺は何が起こったのか解らなかった―――。
叩かれたのだ、楓に。
楓は今まで何度も俺の身体を求めてきたけれど、その時も決して暴力をふるうことはなかった。
初めて楓にそんなことをされて、俺はただ呆然とした。
―――楓は今まで見たことがないほど、怖い表情をしていた……。
ガシッ、と楓が俺の肩を凄い力で掴む。
「柊―――その口で、僕以外の奴の名前なんか呼ばないで」
「え…ッ?」
「―――ずっと柊は僕のものだと思ってた…。僕は柊の全てを知ってると思ってた―――
なのに、柊は…ずっと僕に内緒にしていたんだね…。」
責めるような視線を俺に投げつける楓。
―――そうだ、俺は…楓に、罪を告白したんだ。
楓が死ぬまでずっと黙っていようとしていた、真実を……。
楓はきっと俺を憎んでる。
殺してやりたいと思ってる。
俺はガタガタと震えた。
楓に憎まれることが、酷く怖かった―――。
「…ッ、ご、ごめん…!楓…!!ごめん、なさい…!俺が、俺のせいで…ッ、お前の、家族は……!!」
俺はボロボロと涙を流し楓に謝る。
すると楓は、優しく俺の頭を撫でた。
「―――あれは全部刹那さんが悪いんだ。柊のせいじゃない。柊…君は何も悪くないんだよ…?」
楓は俺を優しく抱き締める。
―――楓は、そのことで怒っている訳じゃないのか…?
じゃあ、どうして楓はこんなにも怒っているんだ…?
そう考えていると、楓は再び俺の肩を掴んだ。
「僕が怒っているのはね―――柊が僕に隠し事をしていたっていうことだよ。」
ギリギリと、俺の肩を掴む手に力が籠っていく。
「…ッ!」
「僕は柊のことを全て知っていると思ってたのに、柊が僕に隠し事をしてたなんて、
僕が知らない柊がいたなんて、そんな、そんな、そんなこと―――許せるはずないだろ!?」
ドサッ
「―――っ!」
俺は思い切りベッドに押し倒された。
―――ビリビリッ
「―――ヒ…ッ!」
楓が、俺の制服を乱暴に掴んで、引き裂いた。
楓が俺の首筋に噛み付く。
「痛…ッ!」
その間に、楓は俺のズボンと下着を乱暴に剥ぎ取る。
―――楓と身体を繋ぐことは数え切れない程してきた。
でも今まで、こんなに乱暴なことをされたことなどなかったのだ。
楓がこんなに怒り、俺に対してこんな乱暴なことをするなんて、初めてだった。
俺は恐怖にガタガタと震えた。
「―――ねえ、柊…。前に言ったよね…?僕は、柊の全てを知っていないと気が狂いそうになるって…」
―――確かに、言っていた。俺の全てを知っていないと気が狂いそうになると。
「それなのに…それなのに、柊は僕に隠し事をしていたんだ…!
僕は柊の全てを知ってるはずだったのに、僕は柊の全てを知っていないといけなかったのに!!」
―――楓、は。
俺のせいで家族が死んだという真実よりも。
俺が楓に隠し事をしていたという事実が、許せないんだ。
―――楓の考えが、理解できない。
どうして…。
俺のせいで大切な家族が死んだと知ったのに、どうして楓はまだ俺に執着するんだ。
そんなことを考えていると、楓は俺の脚を掴み、慣らしもしていないソコに無理矢理己の欲望を捩じ込んだ――――。
「―――ぃッ、あぐ、あ、ああああああああああああああああああああああああ!!!」
―――余りの痛さに、俺は狂ったように叫び声をあげた。
その痛みから少しでも逃れようと身を捩るが、楓は更に俺の奥深くへと欲望を突き立ててくる。
「はっ、ああああッ!あああうううッ、ハッ、ハッ、……か、え…ッ、や、やあああああ!!」
「ねえ、今、何考えてたの…?僕以外のこと?…栗栖野杏のこと?西崎先生のこと?」
「ひや…ッ、ちが…ッ、何、言って…!?」
俺はただ違う違うと首を横に振る。
「本当?また、僕に隠し事してるんじゃないの?
…ねえ、柊、柊は、僕のことだけを考えていればいいんだよ?
他の奴等のことなんか、全部忘れて―――僕だけを見て……!」
楓が俺の中で突き上げる角度を変えてくる。
「んあっ!」
俺は思わず甘い声をあげてしまう。
「ふふふ…柊は本当に、ココが好きだね…」
そう言って楓はソコを狙って何度も何度も欲望を擦りつける。
「ひあああッ、嫌ッ、いやあッ、そこ、や…ッ、ダメ、楓ッ、やあああッ!!」
俺は閉じることを忘れた口からダラダラと涎を溢し、女みたいな喘ぎ声をあげる。
―――楓だけが知っている、俺の最も感じる内側の部分。
ソコに触れられてしまうと、どうしても感じてしまう。
嫌なのに、腰が浮いて、もっと とねだってしまう。
男なのに、男に最奥を突かれて、涎を滴ながら喘いでしまう。
―――こんな自分は、惨めで、情けなくて、死ぬほど大嫌いだ……。
「―――ああ…ッ、柊…、イイよ…!柊のナカ、熱くて、こんなにも僕に絡み付いて…!」
「んあっ、はあっ、あ、あ、や…っ、やめ…、もう…、ゆる、して…、楓、も、許して、くれ…ッ!」
「駄目だよ、柊、…許さない…君は、2度も僕から逃げようとした…!絶対に、許さない…!!」
楓はピタリと動くのをやめ、鋭い視線で俺を見つめる楓。
「ねえ…柊…。柊は、そんなに僕から逃げ出したかったの…?自ら死を選ぶほど…僕のことが、嫌いだった…?」
「楓……」
楓は、泣いていた。
「違う…、俺は…っ、もう疲れたんだ…。
俺のせいで、お前の家族が死んで…お前に真相を隠していたせいで、みんな死んだ…!
そんな卑怯な自分が嫌なんだ!自分が今こうして生きていることが、嫌なんだよ…!!」
俺は楓に本音をぶつける。
「なあ、お前だって、俺のことを本当は恨んでるだろ!?俺がいなきゃ、柾さんも梓さんも紅葉も死ななかったんだ!!
俺のこと…殺したいって、思うだろ…!?」
楓はただ黙って俺を見下ろす。
「なあ、楓…っ、だから、もう……死なせてくれ…!俺のことを、殺してくれ……!!」
俺は泣き叫ぶ。
ずっと、ずっと隠してきた俺の本音。
死にたいと思うくせに、自ら命を断つ勇気が無い臆病な自分。
―――だからずっと、誰かに殺してほしかったんだ…。
楓は、泣きじゃくる俺の頬を優しく撫でる。
「―――駄目だよ、柊。君は僕のものなんだから、勝手に死ぬなんて許さない。」
楓なニコリと笑い、そう告げる。
その笑顔に、俺は絶望した。
「柊がまた勝手にあんなことしないように、今度はすぐにほどけないようにちゃんと鎖で縛って…
そう、柊に似合うと思ってこうして首輪も用意したんだよ?
ずっと柊は物分かりのいい子だと思ってたけど、それは僕の勘違いだったみたいだからね…。
だからこうしてちゃんと繋いで、自分が誰のものかちゃんと理解してもらわないと。」
楓は嬉しそうに俺に繋がれた首輪を指でなぞる。
クスッと笑い、再び律動を開始する楓。
「ッぅああ!あぁンッ、やあッ!」
「柊…、ひいらぎ…!君は、僕の、僕だけのものだ…!」
「ダメ、楓…っ、や、イク、もっ、あ、あ、」
「うん、いいよ、柊…!僕の前で、可愛く喘いで、イッてるところ、ちゃんと見せて…!」
「―――ひ、あ、あ、ああああああああああああッ!!」
何度も敏感なソコを突かれて、俺は欲望を吐き出した―――。
「―――はあっ、はあっ、はあっ……―――ッ!?」
乱れた息を整えようと呼吸をしていると、そんな俺に構いもせずナカにいる楓が再び動き始めた。
絶頂を迎えたばかりで敏感になってるナカを無遠慮に攻められ、俺はガタガタと身体を震わせる。
「あ、ひぐっ、やめ、ぁがッ、ひッ、あああッ」
ズプズプと、俺のナカに何度も何度も欲望を繰り返し叩き付け、俺の身体を揺らす楓。
「…ぅ…っ、柊のココ…、凄い…!僕のこと、こんなに美味しそうに飲み込んでるよ…?
ね、柊…っ、キモチイイ…?ねえ、柊…!」
過ぎた快楽は痛みさえ伴い、俺は生理的な涙を止めることができず、喘ぎ続けた。
「あ、アアアッ!や、嫌っ、ソコ、やめ、お願…!ひああ!!」
―――もう、嫌だ。
俺にこんなことをする楓も、こんなことをされて快楽を感じている俺自身も、何もかもが嫌だった。
何もかも、今、この現実から、逃げ出したかった。
「あ、かえ…っ、も、嫌だ…!殺して…!殺して、くれ…!!」
俺は泣きながら楓に懇願する。
「駄目だよ柊…君は、僕の子供を生むんだから。
ね、そうしたら、僕達はホンモノの家族になれるんだよ…?
だからね、頑張って赤ちゃんを作らないと…僕、頑張るから。
柊が孕むまで、何度だっていっぱい柊のナカに出してあげるから…!」
「や、いやだ…ッ、嫌だ、嫌だ、やだ…!いやだあああああああッ!!」
狂気に満ちた笑顔を浮かべ、楓は俺のナカで果て―――俺は意識を手放した…。
―――どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
意識を手放した俺が再び目を覚ますと、楓はまた身体を重ねてきた。
何度も何度も俺のナカに欲望を吐き出して、俺は気を失うまで犯され続けた。
再び目を覚ましても、その繰り返し。
そんなことを何度繰り返したのだろうか。
部屋の窓には真っ黒なカーテンが付けられていて、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。
―――俺達は、完全に狂ってしまった。
楓は身体を重ねる度、「元気な赤ちゃんが生まれるといいね」と言い、俺の腹を優しく撫でた。
…以前も、楓はよくそんなことを言っていた。ただ、前はそんなこと無理だと知っていて、戯れ言で言っているようだったが―――今は、違う。
今の楓は、本気で俺を孕ませようとしている。
―――楓は、本当に狂ってしまった。
そして俺は、楓に抱かれる度に、何度も何度も「殺してくれ」と泣き叫んだ。
こんなに苦しい思いをさせるぐらいなら、いっそ一思いに殺してくれればいいのに、どうして楓は俺を殺してくれないんだろう―――そんなことばかりを考えていた。
―――俺も楓同様、狂ってしまったようだ…。
俺は最早、どうすれば死ねるかということしか考えられなかった。
どうして楓は俺を殺してくれないんだ。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――――――――!!
………あ。
そこまで考えて、俺はようやく気付いた。
―――楓の気持ちに。
―――ああ、俺はなんて馬鹿だったんだろう。
俺はずっと、自分の思いばかりで、楓の気持ちを考えてなんかいなかった…。
そうだ、楓の気持ちになって考えてみれば簡単なことじゃないか。
そんなことにようやく気付くと、俺は自然と口許が歪み、笑みがこぼれた―――。
―――目を開けると、楓が俺の上に覆い被さっていた。
楓は俺の頬を優しく撫でる。
楓は、いつだって、こうして俺なんかの傍にいてくれた。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
すると楓は目を見開いて驚いた顔をする。
その顔がまるで幼い子供のようで、俺は更に笑った。
「どうしたんだよ?楓、そんな顔して…」
「―――柊こそ、どうしたの…?どうして、笑って…」
「なんだよ、俺が笑うのがそんなに変か?
…そういえば、笑うのなんか久しぶりだな…。楓は、俺の泣いた顔の方が好きか?」
「そんなことない…!笑ってる柊…大好きだよ…!」
そう言って、楓は俺を優しく抱き締める。
「柊の笑顔、久しぶりだったから…ビックリしちゃった。夢でも見てるんじゃないかって…」
楓は、本当に幸せそうに微笑んだ。
楓のそんな純粋な笑顔も、見るのはとても久しぶりだ。
「―――なあ楓。これ、ほどいてくれよ。このままじゃあ、お前を抱き締められないだろ…?」
一瞬、楓は俺を少し不安そうな顔で見る。
そんな楓にニッコリと微笑んでやると、楓は安心したように俺を拘束していた鎖と首輪まで外してくれた。
赤くなった俺の首もとや手首を優しく撫でる楓。
「ゴメン…痕になっちゃったね…」
シュンとする楓を思い切り抱き締めてやると、楓は驚いて固まってしまった。
「楓、今お前の私服って予備あるか?今お前が着てるような、白いシャツ。もしあったら俺に貸してほしいんだ。」
「ある…けど、どうしたの柊…?柊の私服ならちゃんとあるよ?」
「俺の服は黒いのばっかりだろ?それじゃ駄目なんだよ。白い服じゃないと…」
楓は俺が何を言いたいのか解らないようで首をかしげる。
そんな楓の両手を握り、俺は楓に笑いかけながら言った。
「―――結婚式しよう、楓。」
「―――え?」
楓はとても驚いた顔をした。
「楓…俺は、楓がいくら頑張ってくれても子供は生めねえんだ…残念ながら。
…だから、せめて…結婚式の真似事ぐらいしてえって思ったんだ。楓と、家族になるために。
…それに、俺本当は竹貫や名色のことがちょっとだけ羨ましかったんだよ。将来、好きな人と教会で結婚式挙げるってやつ…。
俺も将来、好きなやつとそんな風に結婚式を挙げられたらって、思ってたんだ。」
ただただ驚いて、何を言ったらいいのか分からないでいる楓の手を掴み、俺の腹へと触れさせる。
「それとも、子供を生めないような俺とは、一緒になりたくないか…?」
―――どうすれば、楓は喜んでくれるだろう。
俺は楓に喜んでほしくて、楓に微笑みかける。
楓の望みを叶えてやりたい。
―――大好きな楓の望むものを、俺が与えてやりたい。
楓は、涙を流していた。
泣きながら俺を抱き締める。
「―――うん、柊…。結婚式、しよう…!」
ああ、良かった。
楓はとても喜んでくれた。
楓は私服をとりに一旦部屋を出ていった。
その間、俺も部屋から出て家の中をうろうろする。
家の中は埃や蜘蛛の巣がたくさんあり、今は使われていないような感じだった。
ここは多分廃墟なのだろう。
窓の外には草木が覆い繁っているのが見えた。
ここが何処かなんて、そんなことはもうどうでも良かった。
俺はずっと楓とここにいるんだから、そんなことを考える必要はない。
そんなことを考えながら家の中を徘徊していると、ある部屋で探していたものを発見した。
―――良かった、あった…!
俺はそれを手に取り、急いで寝室に戻る。
楓を喜ばせるために、楓の望むものを与えてやるために必要なソレを、俺はシーツの下へと隠した。
楓、ビックリするだろうな。
ビックリして、凄く喜んでくれるだろう。
楓の喜ぶ顔を想像したら楽しくなって、俺はまた笑った。
しばらくして、楓が白いシャツを持って寝室へと戻ってきた。
俺は楓のシャツに袖を通し、楓は丁寧にボタンをしめてくれた。
楓は白いシャツを着た俺を見ると、うっとりとした目で見つめ、微笑んだ。
「―――柊、綺麗だよ…。凄く似合ってる…。」
「楓も、似合ってる…。」
俺達が着てるのはただの白いシャツなのに、まるで結婚式の衣装のように感じて、俺達は互いに笑いあった。
ただ手を取り合い、見つめあう俺と楓。
「ええっと…結婚式ってアレだよな。誓いの言葉を言って、誓いのキスを交わす…んだよな。悪い、言い出したの俺なのに、誓いの言葉とか全然わかんねえんだ…」
テレビドラマ等でそういうシーンを何回か見たことはあるが、肝心の部分を覚えていないことに気付き俺はうなだれる。
楓を喜ばせたかったのに、相変わらず俺は何をやってもうまくいかない。
そんな俺を見て楓は子供のような笑顔を浮かべ俺の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ柊。僕が先に言うから、柊はそれを真似して言えばいい。―――本当に、夢みたいだ…。柊と、結婚式が出来るなんて…」
「ごっこだけどな」
「それでも構わないよ。柊が僕と結婚したいって思ってくれたことが嬉しいんだ…。」
俺達は互いに笑いあい、そして楓は誓いの言葉を口にする。
「―――僕は、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、この命ある限り、死が二人を分かつまで、柊を愛し続けることを、誓います。」
―――誓いの言葉を告げる楓は、今まで以上に綺麗で、美しかった。
「…俺も…、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しい時も、この命ある限り、死が二人を分かつまで、楓のことを愛し続けることを…誓います。」
俺も楓の言葉を真似して、誓いの言葉を告げる。
たどたどしい俺の誓いの言葉だったけど、楓はとても喜んでくれた。
楓は俺の頬に触れ、ゆっくりと、唇を重ねる―――。
触れるだけの、キス。
今まで何度も何度も楓とキスはしてきたけれど、こんなに神聖なものは初めてだった。
―――そう、これは、神聖な儀式。
唇を重ねたまま、俺はシーツの下に隠していたアレを取り出して……
――――楓の左胸に、思い切り突き立てた――――。
―――ドッ……。
楓は目を見開き、俺を見る。
そんな楓に、俺は微笑む。
楓の口から、血が流れ出す。
俺は楓の胸に突き立てた包丁を、思い切り引き抜いた―――。
楓の左胸から鮮血が溢れ出て、俺の顔にかかる。
楓はゆっくりと、ベッドの上に倒れた。
―――良かった、ちゃんと出来た。
楓は、喜んでくれるかな。
俺は倒れた楓の上に覆い被さり、再び触れるだけのキスを交わす。
「楓……今まで、殺してくれなんて言葉ばっか言って、ごめん、な…?俺、楓の気持ちなんか全然考えてなかったんだ…。大切な家族を亡くした楓が、大切な家族である俺のことを殺せるはずがないのに…俺、自分のことばっかりで、ワガママばっか言って…ずっと楓を困らせてた…。本当に、ごめんな…。」
楓は虚ろな目で俺を見つめる。
「俺、馬鹿だから、やっと気付いたんだよ…。どうして楓は俺を殺してくれないんだろうって。
―――そう、だよな。楓だって、俺に殺してほしかったんだよな。
俺、やっと気付いたんだ、お前の本当の気持ちに。だから、お前の望みを叶えてやろうって、頑張ったんだ。
―――なあ、楓。俺、ちゃんと出来たよな?
なあ楓。今、お前は…シアワセか…?」
俺は楓の髪を優しく撫でる。
「大丈夫、寂しい思いなんかさせない…俺も今から、直ぐ一緒にいくから…」
俺は持っていた包丁で、思い切り、自分の首を刺した―――。
俺の首から血が噴き出し、俺は楓の上に重なるように倒れこんだ。
俺は楓を見つめる。
―――楓は、笑っていた。
とても幸せそうに、笑っていた。
そんな楓を見て、俺も笑う。
楓を、喜ばせてやれた。
そのことが、本当に嬉しかった。
俺達は今までずっとすれ違ってきた―――だけど。
ようやく、分かり合うことが出来たんだ―――。
俺達は笑いあう。
死が二人を分かつまで?
いいや、死さえ俺達を分かつことは出来ない。
俺達は、いつまでも、いつまでも一緒なんだ………。